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【居神神社】居神神社に「勝って甲」碑 創建は永正17年と判明[2018/01/14]

1虹◆onElYHqWJBVO:2018/01/14(日)14:35:11 ID:vVk()
【居神神社】居神神社に「勝って甲」碑 創建は永正17年と判明[2018/01/14]

【居神神社】居神神社に「勝って甲」碑 創建は永正17年と判明[皇紀二六七八平成30年1月14日(日)]

居神神社(市内城山)に昨年末、「勝って甲(かぶと)の緒を締めよ」と書かれた石碑が建立され、
12月24日に行われた除幕式には地域住民ら50人以上が集まった。

 居神神社は北条氏の敵将であった、三浦荒次郎義意を祀っている神社。
 創建年は不詳だが「永正年間」と伝えられていた。
 義意は三浦一族最後の当主で、新井城で北条氏に敗れ(1516年)、
 自刃した首が同神社の松の木まで飛んできたという「飛首伝説」がある。
 敵将を自らの領地に祀ることは極めて珍しいという。

 2016年春、小田原在住の郷土史愛好家で小田原や北条氏についての著書を多数発行している方、
 国立公文書館で『異本塔寺長帳』(内閣文庫・蔵)に、
 居神神社の創建が1520年(永正17年)と記されていることを確認。
 同神社を訪れ、宮司さんに伝えた。
 翌年の1521年から同神社の祭事が始まっており、
 その際の神輿巡行では小田原城馬出門で宮司による祈祷も行われていることから
 「間違いない」と村上さんは確信。
 1520年は小田原城主・北條氏綱が宗瑞(早雲)から家督を相続して2年後にあたる。
 「氏綱の三浦義意への哀悼心なくして、居神神社の創建はなかったのでは」と話す。
 
 https://www.townnews.co.jp/0607/2018/01/13/415108.html
 
 全文はソースで
 
2忍法帖【Lv=16,スカルゴン,vlJ】ななしの国からこんにちわ◆ePSYFR8jBw :2018/01/16(火)13:07:39 ID:FnA
三浦党は土着の古い氏族だからな、
統治のためにも、手厚く祭る必要があったんだろう。
3名無しさん@おーぷん :2018/01/16(火)23:02:26 ID:VBX
土着の古い氏族なのですか

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