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【上杉神社】伊達から上杉へ 謙信が祀られる上杉神社 米沢城(1)[2018/01/11]

1虹◆onElYHqWJBVO:2018/01/11(木)16:53:17 ID:cIj()
【上杉神社】伊達から上杉へ 謙信が祀られる上杉神社 米沢城(1)[2018/01/11]
文・写真 萩原さちこ
2017年5月29日

【上杉神社】伊達から上杉へ 謙信が祀られる上杉神社 米沢城(1)[皇紀二六七八平成30年1月11日(木)]

米沢城の旅は、米沢駅からスタートだ。駅前からレンタサイクルにまたがり、上杉神社を目指す。
ここが、かつて米沢城があった場所だ。

 米沢ゆかりの人物といえば、連想するのは伊達政宗と上杉景勝だろう。
 政宗の祖父である伊達晴宗が1548(天文17)年に米沢に拠点を移すと、
 1591(天正19)年に政宗が豊臣秀吉の命で去るまでの43年間、伊達氏が米沢を統治した。
 政宗はここ米沢で生まれ、24歳までを過ごしている。

 政宗の後には蒲生氏郷を経て、1597(慶長2)年に景勝が会津120万石で入封した。
 上杉氏の居城というと春日山城(新潟県上越市)を連想するが、それは上杉謙信時代のこと。
 上杉領の要となる米沢城には家老の直江兼続が城代として入り、
 大規模な治水工事や米沢城の構築を行った。
 関ヶ原合戦後、徳川家康に宣戦布告し慶長出羽合戦を引き起こした上杉家は出羽米沢30万石に大減封されたが、
 米沢城を居城として明治維新までこの地を治めた。
 
 現在の米沢城は、残念ながら本丸とそれを囲む土塁と堀程度しか遺構はなく、
 あまり城らしい雰囲気は感じられない。
 しかし、江戸中期に描かれた『出羽国米沢城絵図』と照らし合わせしながら歩くと、
 かつての城の構造を思いのほかたどることができる。
 戦国の世を生き抜いた武将たちがこの地に立っていたーー。
 そんなロマンに思いを馳(は)せながら歩くのが、米沢城の楽しみ方かもしれない。
 
http://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2017052664841.html
全文はソースで
2名無しさん@おーぷん :2018/01/11(木)20:54:26 ID:zNc
無双でお姉さんの綾御前の方が強かった思い出


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