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【ボカロ/学校】校内放送「ボカロはダメ」なの?ヒット曲でもメジャーになれない理由

2虹◆onElYHqWJBVO :2017/09/07(木)10:07:24 ID:cxZ()
 ボカロを学校が拒否した意味

 権威がメイン/サブを区分けする……。そこで思い出したのは、ある栃木県内の高校1年の女子生徒(15)の、
 中学2年生だった時のエピソードです。

 給食の時間、日替わりでクラスごとに好きな曲を校内放送で流す行事がありました。
 女子生徒のクラスでは当時ブームだった「ボーカロイド」の曲を推す声が多く、放送委員の女子生徒が先生に掛け合ったのです。ところがその提案は、却下されました。

 理由は「ボカロは機械の声だから」というものでした。

 女子生徒は「私たちの聴く音楽はやっぱりマイナーなのかなあと思った」と言います。
 線引きの理由に納得がいかないまま、結局、ロックバンド「SEKAI NO OWARI」の曲を流したそうです。

「ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形」の一場面=2014年3月13日

「ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形」の一場面=2014年3月13日
出典: 朝日新聞
 増田准教授は「学校がボカロを忌避することで、むしろ生徒の側にサブカルチャー意識が醸成されることになった。
 学校も一つの文化装置であって、『これはメイン、これはサブ』と区分けする仕組みとして機能します。
 とりわけ新しい文化は(量的な支持とはさほど関わりなく)『サブカルチャー』として位置づけられる傾向が強い。
 こうした仕組みは、今も社会のあちこちに確固として継続しています」

 「ほかにも紅白歌合戦で誰が選ばれるかどうか、また、学校の音楽教科書に採用される音楽は何か……。
 それらは社会において『何が主流か』を確認する儀式と言えますね」

 もちろん、サブと区分けされたからといって、永遠にサブなわけではありません。
 増田准教授は、エレキブームが吹き荒れた50年前を取り上げます。

 「学校がエレキ禁止令を次々と発したことで、当初は『サブカルチャー化』されていたロックも、
 歴史の過程を経て、学校に受け入れられるメインカルチャーになっていったわけですが、
 こういったプロセスは珍しくありません」

 「権威の抑圧がサブカルチャーの反発力を生み、やがては社会の多数を包み込む影響力を得ていくーー。
 『権威の抑圧とそれへの反抗』自体がメインとサブが織りなすダイナミズムを形作っているわけで、
 その意味では適度に抑圧的な権威がなければ文化は発展しません」
 
 <後略>
 
 https://withnews.jp/article/f0170905001qq000000000000000W02y10501qq000015847A
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