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【表現の自由】江川達也氏が「少年ジャンプに抗議を」に真っ向反論

1虹◆onElYHqWJBVO:2017/07/09(日)08:31:20 ID:Ide()
【表現の自由】江川達也氏が「少年ジャンプに抗議を」に真っ向反論

漫画家の江川達也氏が7日、「週刊少年ジャンプ」連載作品のお色気表現に対する批判に対し、
厳しい口調で私見を述べた。

3日に発売された漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」2017年31号に掲載された作品
「ゆらぎ荘の幽奈さん」が物議を醸している。同作品はいわゆる「ラブコメ」だが、
同号掲載の巻頭カラーでは、描かれた大半の女性キャラクターの水着がはだけるという描写がなされていた。

これを見た弁護士の太田啓子氏が4日、ツイッターで「息子には少年ジャンプは読ませない。
息子をもつ保護者の皆さん。少年ジャンプ編集部に抗議を。どうかと思うよ」と、
ジャンプ編集部に対する抗議を呼びかけた。これに対しネット上では多くの賛同と、
「少年誌にお色気シーンがあるのは昔から」「それを言い出したらドラゴンボールもワンピースも取り締まらないといけなくなる」
といった批判の声が上がり、賛否両論が巻き起こっていた。

アニメ化もされた人気漫画「まじかるタルるートくん」を同誌で連載していた江川氏は7日、
一連のお色気描写批判について「無能で努力もしない人が文句言って文化を破壊しようとする姿は、
過去からよく見かけるが、醜いものだ」とフェイスブックにつづった。

http://www.oricon.co.jp/article/244295/
2虹◆onElYHqWJBVO :2017/07/09(日)08:34:21 ID:Ide()
「ゆらぎ荘の幽奈さん」の性表現「子どもに悪影響」だと波紋

過激すぎる?「少年ジャンプ」のお色気表現に賛否 「息子には読ませない」「エロは成長に必要」


『週刊少年ジャンプ』に掲載された「ゆらぎ荘の幽奈さん」(作:ミウラタダヒロ)という作品の性表現が子どもに悪影響を与えるのではないかという声が上がり、波紋を呼んでいる。

7月3日発売の最新号の巻頭に、同作品のキャラクター人気投票の結果がカラーで掲載されている。女性キャラクターたちは水着がはだけてしまっており、顔を赤らめて恥ずかしがったり、戸惑って涙を浮かべたりしている。乳首や局部は隠されているが、ほとんど裸だ。

この表現が問題だと感じた人がいたようだ。弁護士の太田啓子さんは7月4日、

「息子には少年ジャンプは読ませない。息子をもつ保護者の皆さん。少年ジャンプ編集部に抗議を。どうかと思うよ」

と投稿。表現を問題視する人々と、規制に反対する人々との間で議論が繰り広げられることになった。

<中略>

ろくでなし子「子供がいつまでも無垢であってほしい親のエゴ」
一方でこうした声に対し、「(見せないのは)息子が可哀想」「子どもへの影響を思ってしまいます」といった声も多かった。健全な成長のためには、ある程度のエロも必要だと考えているのだろう。

子どもが読むのを禁止したり、編集部への抗議を呼びかけるのはやりすぎではないかという意見も多かった。

「自らの性嫌悪を子どもに、ひいては社会に押しつけたがるのは迷惑ですね」

弁護士の佐藤大和さんも「少年ジャンプを読み『努力・友情・勝利』を学び(ついでに性も学び)、弁護士を目指した僕としては、ちょっと…。価値観は人それぞれですが。性について過度に蓋をして規制(すぐに抗議)するのはどうかと」と疑問を呈した。

アーティストのろくでなし子さんは、子どもにエロ漫画を読ませないというのは「親のエゴ」だと指摘し、規制よりも性教育が重要だと説いた。

「自分が親目線になると『できればエロ漫画は見て欲しくない』と思うけど、それは子供がいつまでも無垢であってほしい親のエゴなんだなぁ」
「(エロ漫画やAVは)みんなファンタジーなんだよ。実際の人間にするには相手の了承が必要で、避妊しないと病気や望まない妊娠するんだよ。と性教育する方にはなぜ向かないんだろ」

今回の件について苦情は寄せられていないのか集英社に問い合わせたところ、

「『週刊少年ジャンプ』には毎週さまざまなご意見が寄せられます。それに耳を傾け、より多くの読者の方に楽しんでいただけるよう引き続き誌面作りに取り組んで参ります」

ということだった。

http://news.livedoor.com/article/detail/13301220/
3虹◆onElYHqWJBVO :2017/07/09(日)08:40:13 ID:Ide()
「ラッキースケベ」はセクハラ描写といえるか

週刊少年ジャンプに連載中の「ゆらぎ荘の幽奈さん」という漫画の扉絵が話題になっているようだ。
前略
4.「ラッキースケベ」をセクハラ・性暴力描写というのは無理がある
批判派の中には、件の扉絵を、単なるエロの問題として批判しているというより
セクハラや性暴力の観点から批判している人が散見される。
女性キャラがその意に反して服を脱がされているからセクハラだ、というのである。
これは無理のある議論だと思う。
件の扉絵は、
1. 主人公の男性キャラが、偶然にヒロインの乳房をわしづかみにする格好になってしまった
2. パニック状態になったヒロインが特殊な能力を発動させてしまい、作中人物らが空中に放り上げられた
3. 空中に放り上げられた弾みで作中人物らの水着が脱げてしまった状態を描いたものが件の扉絵
ということで、要するに偶然という設定になっているようだ。
このように、偶然という設定でエロ描写をすることを、「ラッキースケベ」と呼ぶようだ。
ラッキースケベという言葉こそ耳新しいが、風が吹いてスカートがめくれる、
男性キャラが誤って女湯に迷い込んでしまうなどの描写は昔からよくある。
これは少年誌がエロ描写について自己規制をしているからこそ現れるものであろう。
女性キャラが今からセックスをするので自主的に服を脱ぎますという描写をするわけにいかないからだ。
その結果、ラッキースケベは作中の女性キャラの意に反して起こることになる。
しかし、女性キャラの服を脱がせたりスカートをめくったりしているのは作者であって、作中人物ではない。
そして、スカートめくり描写などと異なり、この「作中人物がセクハラをしているわけではない」という点において、
ラッキースケベ描写をセクハラ描写とみなすのは困難だと思う。
なぜならば、虚構作品の作者は、エロに限らず作者の都合で偶然の出来事をいろいろ起こし、
それによって作中人物を苦しめたりもする。
例えば、作中人物が病気や事故で作者によって殺される例はいくらでもある。
あれは作者が作中人物を死なせるために病気や事故といった偶然を案出しているわけで、
ラッキースケベと構造は同じである。
作中人物が、別の作中人物によってでなく作者の仕組んだ偶然によって裸にされることがセクハラ描写にあたるなら、
同様のロジックによって、作中人物の病死などは殺人描写とみなされることになる。
これはさすがに苦しい議論だろう。*2
4虹◆onElYHqWJBVO :2017/07/09(日)08:41:13 ID:Ide()
5.まとめ
以上、長くなったが、論旨をまとめると以下のとおり。
1. エロ描写とセクハラ・性暴力描写は区別可能だし、区別して議論すべきだ
2. エロの観点からは、自主規制不要との立場もありうるが、
少年誌であることを考慮し一定の自主規制を承認すること自体は概ね社会的合意が取れるのではないか
3. エロ描写の自主規制を肯定するなら自主規制の線引き問題が生じるが、
件の扉絵程度なら私はセーフだと思う。ただしアウトと考える人がいるのは理解できるし批判意見はあってよい
4. セクハラ・性暴力描写の観点からは、これを肯定的に描写すると同様の行為を助長する悪影響があるというのが批判派の論拠だろう。
人格形成といった長期的な悪影響については疑問だが、「子どもが漫画の真似をする」という
短期的悪影響まで全面否定するのは、スカートめくり描写など過去の事例に鑑み無理がある→
「セクハラ・性暴力の肯定的描写をすべきでない」という主張は、
少なくとも自主規制にとどまる限り支持できる
5. しかし、件の扉絵をセクハラ・性暴力描写とみなすことは困難
結局、私の結論は、
・件の扉絵はエロの観点からは少年誌としてあるべき自主規制の範囲内にとどまっておりセーフ
・セクハラ・性暴力描写の観点からは、そもそもそういう描写でないのでセーフ
ということになる。
*1:ただしこの点については、数多くの少年漫画作品中で、
暴力描写が普通に肯定的に行なわれていることとの均衡が問題となりうる。
もっとも暴力については、現実世界でも戦争や刑罰や正当防衛など適法に行なうことは可能だ。
虚構作品においては現実世界と異なり正義の味方が暴走する危険性はないので、
正義の味方が行使する暴力は全て刑罰や正当防衛などと同様に正当なものとみなしてよい。
という説明は可能かもしれない。
なお、このような説明とは別に、実際問題として「セクハラ表現はやめても大きな支障はないのに対し、
暴力表現をやめたら少年漫画は成り立たない」という身も蓋もない事情があるのは否めないだろう。
昔の少年漫画には普通に見られた未成年飲酒や未成年喫煙の描写は、今では姿を消してきている。
このように「手を付けやすいところから手を付けている」という側面はあるだろう。
*2:もちろん、都合のよすぎる偶然をストーリーに組み込む作話技法に対する批判はありうる。
件の扉絵に至る展開も、馬鹿馬鹿しいにもほどがあると思う。
しかしこの観点からの批判はセクハラ・性暴力描写の観点からの批判とは異なる。
http://blogos.com/article/233139/
http://blogos.com/article/233139/?p=2
5虹◆onElYHqWJBVO :2017/07/09(日)08:47:25 ID:Ide()
記事
紙屋高雪2017年07月07日 09:57「ジャンプお色気♡騒動」に思う

ぼくもエロマンガを読み、そして「楽しんで」いるし、
(エロマンガとはとても分類できないが)今回槍玉にあげられた『ゆらぎ荘の幽奈さん』は、
小4の娘も愛読している。

「そのまま真似る」ということはない
 まず、「子どもが性暴力マンガを読んで、性暴力をそのまま真似る」かどうかという問題
 (「そのまま」がミソ)。ここにはそう難しい問題はない。

 感覚的には、小学校に入ってからは、だいたい虚構と現実の区別はつくだろう、
 ある程度わかってないやつがいたとしても、小3〜小4くらいには大丈夫だろ、という感じ。

 わかっていなくて、『ゆらぎ荘の幽奈さん』読んで、おっぱい揉むのはキモチよさそうなので、
 やってしまいそうな男の子とかいるかもしれん。

 そういうコは、「有害マンガ」をとりあげるんじゃなくて、
 性暴力はいけないということを実際に教えたほうがよい。
 まあ、そのさいは性にあまり否定的な印象を残さないように、
 性がすばらしいものだっていうこととセットにして教えたほうがいいと思うが。

絵本とか啓発系マンガも役に立つ。

 ぼくが娘に小学校に入る前にあげた2冊。

 『ぼくのはなし』『わたしのはなし』。
 
 セックスや性暴力の話も書いている。
 
 多くの場合、規範を教えることで、子どもがそのまま真似てしまう、
 という問題は解決するのではなかろうか。マンガ表現をどうこうする、
 という話ではない。まあ、データがあるわけではないので、
 何か根拠となる反論があれば教えて欲しい。

 さて、ここまでは「マンガで表現された性暴力をそのまま真似てしまう」
 「性暴力と性表現の区別がつかない」「『幽奈さん』で性暴力を学んでしまう」
 という心配をどう考えるか、という問題。

 ぼくは、そこはあまり心配していない。

http://blogos.com/article/233220/
6虹◆onElYHqWJBVO :2017/07/09(日)08:47:43 ID:Ide()
虚構作品が現実に与える悪影響について声を上げることは間違いか
 では、虚構作品が現実に与える悪影響について、制作サイド(作者や出版社)にモノをいうことは
 無意味なことだろうか?

 例えば、エロマンガは、女性をモノとして扱う考えを多少なりとも助長させるのではないか、
 という批判は、決して全否定できるものではないと思う。
 データや根拠はないけども、自分の中にそういう否定的影響が蓄積しているという心配はある。

 自分の表現が(微量ではあっても)誰かを傷つけているかもしれない、
 あるいは社会に悪影響を及ぼしているかもしれない、そういうことについて、
 制作サイドが自覚を持つべきだろう。

 それで表現を変えるか、その重さを引き受けたまま、表現はそのままでいくかは、
 制作サイドが判断すればよい(法に触れるような人権侵害でなければ)。
 そのようなコミュニケーションが制作サイドと読者・受け手との間で成立すべきである。

 「政治的公正さからゴチャゴチャいうな」とか「嫌なら見るな」というのはダメな対応だ。
 (ただし、一定の悪影響があることを知りつつ、あえてそういう抗議は聞かないようにしている、
 という態度の取り方はありうる。)

 だから、あなたの作品は、現実にこういう悪影響を及ぼすのだ――そのことを制作サイドへ説得的に伝えること、
 さらに同意する人をつのり、徒党を組んで伝えようじゃねえかと呼びかけることは、
 意義のあることなのだ。

 ただし、現実に及ぼす悪影響については、例えば『幽奈さん』の場合、
 「性暴力と性表現を混同している」タイプの批判では的外れだし、制作サイドにも響かないように思う。
 制作サイドもなるほどと思うような事実や論理構成でなければ、
 受け止めてもらえないことはいうまでもない。

 ぼく自身がエロマンガを堪能しているけども、それは全くナイーブに快楽を貪っていていいものではない、
 という後ろめたさがある。ぼくが楽しんでいる表現は、誰かを傷つけていないかということだ。
 多くの場合は、その暴力性を自覚しつつ楽しむ、というわきまえをするしかない。

 他方で、ぼくは政治的な公正さについて、自分の肌感覚に染み付いてしまっていることがあるから、
 そういう角度でマンガを「さばく」こともある。もしも自分の中にある政治的公正さの規範が生硬でなく、
 ちゃんと自分の感性と馴染んでいて、普遍性のあるものならば、そういう批判は「面白く」書けるだろうし、
 制作サイドにも、そして社会にも届くにちがいない。

 だからこそ、『幽奈さん』を楽しむ視点もわかるし、
 問題視する視点についても門前払いをすることができないでいるのである。


http://blogos.com/article/233220/?p=2
7虹◆onElYHqWJBVO :2017/07/09(日)08:52:46 ID:Ide()
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